歳の頃、ニューヨークの片田舎の高校に留学した。まだまだマインドは渋谷のギャルだったから、マルキュー産のミニスカワンピにピンクのファーコートを羽織ってマンハッタンに出かけたりしていた。今、その頃の写真を見ると、なかなかダサい。でもこちらは周りの方こそダサいと思って生きていたからマインドは負けていなかった。
あるときユニオンスクエア付近で急にトイレに行きたくなった。スタバを探しても見つからなくて、どでかい「THE COFFEE SHOP」の看板に吸い寄せられた。そこは「THE COFFEE SHOP」という名のコーヒーショップだった。ひねりゼロ。そういうところがかっこいいんだよな……という思考回路は未開通の当時だったが、それでも店に宿ったグルーヴに呑まれたのは確かだった。蛇のように曲がりくねったカウンター。次々に押し寄せる客。その波を踊るように捌く私服姿の店員たち。キッチンの窓からはホットコーヒーからカクテルシュリンプまで、何でもかんでも爆音BGMに乗せて飛び出してくる。カオスだ。何が正しくて正しくないとか、何がおしゃれでおしゃれじゃないとか、自分の判断基準が一旦ぶっ飛んだ。私は壊れた。同時にニューヨーク街が発する特別な何かを受信したのもその時が初めてだった。
それからというもののTHE COFFEE SHOPのそばのABC Carpet & Homeという家具屋も、その斜向かいに店を構えるFISHS EDDYも、急に輝きを放ちだしたのだから驚いた。雑然とした食器屋だと思っていたのが宝の山で、ぽってりとした質感のマグやユーモアの効いたプレートのすべてが欲しくなった。初めて買ったのは、ルーズリーフ柄の、まな板のような陶器プレートだった。でもなんでそれにしたんだろ。使い道がなさすぎて早々に後悔して「猫ちゃん柄のグラスにすればよかったな」と思いながらウォルマートで買った安いグラスを使い続けた。
- 平野紗季子
- SAKIKO HIRANO
小学生から食日記をつけ続け、慶應義塾大学在学中に日々の食生活を綴ったブログが話題となり文筆活動をスタート。雑誌・文芸誌等で多数連載を持つほか、ラジオ/podcast番組「味な副音声」(J-WAVE)のパーソナリティや、NHK「きみと食べたい」のレギュラー出演、菓子ブランド「(NO) RAISIN SANDWICH」の代表を務めるなど、食を中心とした活動は多岐にわたる。著書に『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)、『味な店 完全版』(マガジンハウス)など。