環境や立場が変わっても、自分の中に普遍的に持ち続けている気持ちがある。
自分に素直に、まわりと自然に向き合う彼らの“心地よい暮らし”を送るために、大切にしていることとは ―

― 人気メンズファッション&ライフスタイル雑誌「OCEANS」の編集部員の江部さんですが、編集者になったきっかけは?

実はもともと編集者を志していたわけではないんです 笑。大学生の頃、趣味のサーフィン(自分の中では第二次サーフィンブーム中)とファッションのことばかり考えていて、就職について真剣に考えてはいませんでした。まわりは、マスコミ関係に憧れを抱いていた時代、とある雑誌の中で、大手広告代理店のクリエイティブディレクターのインタビューを読んだんです。その会社は仕事もバリバリできてサーフィンもたくさんできて良い会社ですって、書いてあって。そして、大好きなセレクトショップの創業者や好きなDJも同じ広告代理店出身ということを知り、「あ、俺もここ入りたい」と思いました。とてつもなく浅はかで恥ずかしいんですけどね。
同じ頃、そのセレクトショップの社長の講演を聞く機会があり、お話の中の“物には文化がある。その文化を伝えていくのが私たちの役目です”というフレーズが耳にすごく残ったんです。おぼろげに、そういう仕事をしてみたいな、と思っていた頃、愛読していた雑誌「Begin」を出版している会社が新卒募集しているから一緒に受けない?という友人の誘いがありました。「Begin」独自のモノの背景にある、ヒトやコトを掘り下げた伝え方が好きで、もしかしたら好きな服の“文化”ってものを伝えられるのかもしれないな、と思って。それが編集者になるきっかけでした。

― ちなみに話題に出た広告代理店は受けたんですか?

受けたけどしっかり落ちました 笑!

― 「Begin」を出版している世界文化社に就職し、最初に「MEN’S EX」に配属になったんですね。

はい。自分は「Begin」配属だとばかり思っていたのに、急に別の雑誌に配属され、面食らいましたね。(「Men’s Ex」が打ち出す40代向けのラグジュアリーな誌面は)当時自分が興味を持っていたこととはかけ離れていたので、理解できなかったんです。「あぁ、もう辞めて、1年くらいサーフトリップにでも行っちゃおうかなー」とか、どうしようもないことを考えたりしていました。

― 辞めたいと言いながら、思いとどまったのには何かあったのですか?

先輩が褒めてくれたからですかね。あと、当時地方に住んでいた父親が読者だったんですよ。「見たよ」と連絡くれたのが、単純にとても嬉しかったです。そして、毎月誌面ができあがっていく達成感みたいなものがだんだん快感になっていきました。

― その数年後に「OCEANS」の創刊に携わることになるんですね。

ファッションブランドの展示会などに出席していると、他の雑誌の編集者の方とも仲良くなるんです。後にOCEANSを立ち上げることになる先輩編集者たちが、なぜか若手だった僕をかわいがってくれて。そこから一緒に飲みに行くようになりました。そしてある日、散々飲まされた後に新雑誌創刊の話をされ、「で、江部ちゃんはもちろん、やるよね?」って半ば強引に誘われて 笑。でも、雑誌編集者として創刊に携われることは、キャリアのなかで何回あるだろうと考えたんです。ゼロから雑誌を作れることはそうそうないでしょうし、自分のキャリアで必ずプラスになると思い、決断しました。あ、もちろんシラフのときにですよ。

― その後OCEANSから別の雑誌に移りましたよね。

OCEANS創刊から2、3年経ったころ、社内でまったく趣の違う雑誌の創刊がありました。そこに、自分から志願して異動をしたんです。割愛しますが、まあ、いろいろと思うところがあったんですよね。OCEANSで自分が何をして良いのかよく分からなくなっていて。その頃は大好きだったサーフィンも全くしないで、仕事はテキトー、酒を飲んではくだを巻き、人に迷惑をかける・・・。それはそれはダメな人でした。

― 何がきっかけで、またOCEANSに戻ることに?

そんなダメだった自分がイヤになってきて。さすがにこのままではマズいなーと思ったんでしょうね。自然とまたサーフィンをやりたいと思ったんです。当時、隣の編集部だったOCEANS編集長(現編集長太田祐二)もサーフィンが趣味で、家が近所だったこともあり、「久々海に連れていって下さい」とお願いしました。そして頻繁に一緒に海へ行くようになり、移動する車内での会話は自然とOCEANSの話題になりますよね。約2年、OCEANSを離れていたからか、客観的に誌面を見れるようになっていました。恋愛しているときは自分が見えていないのに、別れた後、すごく冷静になる感覚というか 笑。太田編集長の人柄にも魅力を感じ、またOCEANSに戻りたいなと思うようになりました。今だから言えるんですが、頼まれもしていないのに、偉そうに「副編集長にしてください」みたいなことを言ったんですね。そして出戻りした編集会議で、サーフィンをはじめとするアクティビティが大好きで、クルマはSUVに乗っていて、Tシャツとデニムを履いたかっこいい大人の男の雑誌を作りたい、というような話をしました。本人はイヤがるかもしれませんが、そんなライフスタイルを送っている太田編集長みたいな人格の雑誌を作ろうと。その時期がひとつの転換期だったのかもしれません。

― ちょうどそのくらいの時期に、ご結婚されたんですよね?

はい。ダラダラした生活から脱出し、自分の中では第三次サーフィンブームがきて。OOCEANSの編集もおもしろくなってきて。そうして妻と運命の出会いを果たし!、間も無く子供も生まれました。あぁ、なんか絵に描いたような幸せですね 笑。

― 江部さんの場合、沈んでいる時にサーフィンが救ってくれるというよりは、自分の調子があがっている時にサーフィンをしている感じでしょうか。

そうかもしれませんね。気分転換でサーフィンをするというよりは、調子のバロメーター、心の余裕の量なのかもしれません。生活が乱れていると、サーフィンもしたくなくなるんですね。

― もうこの先はサーフィンはやめないですか?

やめないですね!人生何が起こるかわかりませんが、もうよっぽどのことがない限りはずっと続けると思います。いつか仲間とそして自分の子供と、一緒にサーフトリップできたら幸せですよね。

― 15年以上編集者を続けてみて、大好きだったファッションとの距離感は変わりましたか?

当たり前のことかもしれませんが、素敵な服を着ること=幸せを感じられることなんだと、改めて思っています。僕がこれまで編集してきた雑誌の多くは、ある種の消費行動を喚起することが求められていると思うんです。そこを変に突き詰めると、通販番組のように「あれもこれも買いましょう、買いましょう」が美徳になってきてしまう。そこに疑問を感じる時期があり、今はそういうコミュニケーションはしないように心がけているんです。それよりも、服を着ることの楽しさや幸せを、どのようにすれば伝わるかを編集していきたいと思っています。

― 編集者という仕事柄、不規則な生活だと思うのですが、家族との時間は作れていますか?

セルフマネジメントしないとどうしても家族と会う時間は減ってしまいますね。平日夜に食卓を囲めることはほぼないので、朝の時間を大切にするようにしています。7歳と5歳になる怪獣みたいな息子たちと共に、ドタバタしながら朝ごはんを一緒に食べるのが日課です。

― ではサーフィンは休日にしているのですか?

基本的には休日の朝ですね。東京オリンピックのサーフィン会場にもなる千葉の一宮に友人とシェアハウスを借りていて、そこを拠点にほぼ毎週サーフィンをしています。海の近くでの暮らしも考えなくはなかったのですが、僕は東京出身で一度も東京を出て暮らしたことがないので、移住する勇気もなくて 笑。海まで車を走らせる時間も心地よくて良いなと思っています。40歳目前になり、最近覚えはじめたジャズなんかを聞きながら、海へ向かっちゃう。大人サーファーっぽくて格好良くないですか 笑?

― ジャズに加え、落語もマイブームと伺いました。

落語は、立川談志との出会いからなんです。編集部の談志マニアから薦められたのがきっかけで、彼の考え方、物事の捉え方に感銘を受けました。ジャズも落語も、演者によってディティールが変わるのがおもしろさですね。クセというかスタイルの違いというか。1つの正解ではなく、自分なりの正解を見つけているんだと思います。サーフィンもそう。スタイルがあるサーファーはカッコいいと言われるんです。そして編集もそうですね。正解があるわけではなく、それぞれ雑誌なりのスタイルが出ていることが正解なんだと思います。

― 健康にも気を使っているようですね。

最近、身体まわりのことで20代の頃と違うなと思うことが多くなってきました。家族のことを考えても身体を壊していられないですしね。あとはサーフィンをやっていなかった5、6年を、自分の中ではすごく後悔していて。だから今は次の10年、楽しくサーフィンができる身体でありたいと思っています。還暦を超えてもサーフィンをバリバリやっている先輩たちがたくさんいて、自分もそうありたいなと。だから平日は早起きして水泳に行ったり、“セラバンド”で筋トレしたり、軽めのグルテンフリーをしたり。今はそういう健康スイッチがONの状態です。

― 本当にサーフィンは魅惑のスポーツなんですね。

やっていることは一緒なのだけど、毎回何かが違うというか、答えがないことだからかな。(ゆっくりと考えた上で、とても嬉しそうに)サーフィン楽しいなぁ。何であんなに楽しいのだろう。楽しいなあ。

― 40歳目前、これからやってみたいことは?

まずはOCEANSというブランドをもっと世に広めてみたいですね。Webもリニューアルしたので、さらにOCEANSを広く深くしていきたいなと。
あとは雑誌以外で「編集」ってなんだろうと考えるようになりました。例えば、「街作り」もある意味で編集だな、とか。自分が育ってきた東京の下町エリアをもっと楽しい町にしたいな、とか。
そうそう、編集者を志す若者を増やしたいと密かに思っています。編集業は人がいてこそ。良い人材が全てだと思っています。雑誌編集者になりたい若者、結構少ないんですよね。徹夜ばかりしていて過酷な仕事だと思われているのかな 笑。でも「雑誌編集者は仕事も楽しくて、サーフィンが好きなだけできる、いい仕事ですよ」なんて言うと、僕みたいな浅はかな人が興味を持ってしまいそうで、それはそれでイヤですけど 笑。

大好きなサーフィンとファッションのある生活はもう変わらない。そして今は肩の力を抜いて、編集者であり続ける自分を笑って愛することができるようになった。そんな40歳目前の彼の笑顔に魅了される人は多いはずだ。そこにいるだけで、海の香りを、そして心地よい風を感じることができる。
彼を通じて、雑誌編集者はとても素敵な職業だということを知る若者が、これからきっと現れることだろう。

江部寿貴

OCEANS 副編集長
1977年、東京下町生まれ。早稲田大学卒業後、世界文化社入社。「Men's Ex」編集部「Begin」 編集部勤務の後「OCEANS」創刊に参画。2010年より現職。プライベートでは2児の父としての顔も。
http://oceans.tokyo.jp/
http://store.oceans.tokyo.jp/
(公式オンラインストアもスタート!)